大原山西福寺 第51世 二橋 信玄より
【令和4年4月】
カラとモチ
『からともち』と言うことばがあります。信仰の上においては『からともち』は禁物ですよと言います。
お寺参りに来られた方に、「どのようなご縁でおまいりに来られましたか」とお尋ねしますと・・・・今日は天気が良いカラ。誘われたカラ。今日は暇だったカラ。私も、もうそろそろ近いようだカラ。
信仰というものは、天気が悪いと参らない。誘われたので仕方なく。忙しかったら参らないでは本当に心から佛を信じ敬っているのかどうか疑わしいですね。
また、『モチ』も同じことです。何時までも、何時までも元気でおられるような気モチ。夫婦・兄弟姉妹・親子仲良く何時までも居られる様な気モチ。滅多な事では私の番は回ってこないような気モチ。
如何でしょうか・・・今元気だから明日も元気であるかとは、かぎりません。諸行無常の世の中とは判っていても、私は関係ない、皆他人事のように考えていないでしょうか。『カラとモチ』は禁物です。佛の救いを困ったときの神頼みのように思っていないでしょうか。
仮の世の 仮の命と 聞けば尚 世にある今を おろそかにせず(中村柊花)
尊い人の世に命を頂いたのです。今しかないのです。一刻も早く佛の救いを信じ求めねばならないのです。
我が宗祖法然上人は、老いも若きも、男も女も、学問が有ろうと無かろうと、全ての人が、一人も漏れることの無い、お念佛の道を行けとお示しくださったのです。佛の救いをひたすら信じ、ただ口に南無阿弥陀佛と称えたならば、必ず阿弥陀佛は救いとってくださるのです。
佛の縁、お念仏の縁に一刻も早く出会っていただきたいと思います。
2022年4月1日
二橋 信玄 (大原山西福寺 第51世)