今月の言葉(令和5年6月)

大原山西福寺 第51世 二橋 信玄より

【令和5年6月】

   

「不求自得のご利益」

 

 全然お寺にお参りに来られないお婆さんがおられまして、「お参りにおいでなさいよ」と申し上げると、決まって「和尚さん、毎日の生活に追われて、火の車でして、亡くなった仏も大事ですが、生き仏が大事でして」と訳の判らない事をおっしゃるので、「ほー、そうですか、それならずっとこれから未来も火の車ですね」と申し上げました。


 お念仏は願往生、お浄土に往生するためのものですが、お念仏を称えるものにとって、求めなくとも得られる功徳、自然に与えられるご利益があるのです。これを『不求自得のご利益』と申します。洗濯をすると最初からそれが目的でないのに、いつか、手が綺麗になってくるように、求めなくても自然に得ることができるのです。


 法然上人は、お念仏が現当二世(今の世も後の世も共に)にご利益を被ることをも示されております。法然上人の外護者でありました関白九条兼実公の北政所(奥様)へのお手紙に、「ご令息様方の、ご成長、ご健康、お幸せを祈られるにも、お念仏が最も、めでたくご利益が有ります」と申されております。


 源頼朝夫人で鎌倉の二位の禅尼(北条正子)へ使わされた御文には、『専修念仏は、現当二世の祈りと成り候なり』と申されております。


 お念仏は往生浄土の為でありますが、阿弥陀仏は念仏称えたものを悉く救い取ってくださるのです。何のわずらいも無いのです。だからこそ、今をお念仏の中に幸せに生きることができるのです。何よりもお念仏を称える事が大事ですよとお示しくださっているのです。


 そしてお念仏を称える事によって得られる『不求自得のご利益』の第一に、『滅罪』とお示しです。阿弥陀仏は、悪業深重なる凡夫の罪を滅するのです。貪り、腹立ち、愚痴の三毒煩悩を持った私たちは平気で人を傷つけ、自らをも傷つけていても気づかない情けない生き物です。今日このときまでどれほど多くの罪を作ってきたのでしょうか。


 しかし、そんな情けない人間なればこそ、阿弥陀仏は大慈大悲の心で救ってやろうと手を差し伸べてくださっているのです。お経さまの中に『八十億劫の生死の罪を除く』とあります。お念仏の功徳によって、罪を滅していただけるのです。


 そして『延年転寿』とも申されております。お念仏を称えることにより、現世この世においては、摂取不捨の利益にあずかるのです。つまり阿弥陀さまのお光に照らされてお守りをいただき、宗教的人間として人格を磨かしていただくのです。そして必ず往生人として生まれ変わらせていただけるのです。未来には極楽に往生させていただけるのです。


 ご利益とは、どうぞ病気が直りますように、商売繁盛しますように等々のことじゃなく、お念佛の中に、今を如何に生きるかなんです.


2023年6月1日 

二橋 信玄 (大原山西福寺 第51世)