法然上人 一刀十念御自作座像(西福寺御影堂御本尊)
【令和7年12月】
『お念佛の十徳 その2 念佛者に悪人無し』
お念佛を称える人は、十の功徳を頂戴し、この世を生き生かさせて頂いている喜びを感じる事ができます。
(十徳とはホームページ「説法獅子吼10月号」参照)
念佛者に悪人無し。
人の心は元より善悪無し、善悪は縁によって生ずると言われておりますが、人は皆貪りに溺れ、すぐ腹を立てて人を傷つけ、我儘勝手気まま言いたい放題、したい放題の情けない生きものです。
貪欲・瞋恚・愚痴の三毒の煩悩に振り回されて、思わなくてよい事ばかり思い、言わなくてよい事ばかり言い、しなくてよい事ばかりして平気で人を傷つけ、人を傷つけている事にすら気づく事の出来ない情けない私たちです。三毒の煩悩によって、悩み・迷い・苦しんで情けない生き方しかできない私たちを、迷いの凡夫と申されております。
法然上人は我が身を顧みず、教えを信じ、往生を求めて念佛を多く称え、罪を犯さないように努めよと説かれているのです。
『一紙小消息』の中に、罪について、たとえどのような罪を犯した者でも必ず救われると信じながら、「少しの罪も犯すまい」と思いなさいと申されております。
お念佛申せば、罪は除滅するということです。お念佛そのものに滅罪の功徳があるという事と、お念佛する衆生を照らす阿弥陀佛の光明に滅罪の功徳があるのです。
『無量寿経』の中に、「この光に遇う者は、三垢消滅し身意柔軟なり。歓喜踊躍して善心生ず」とあります。お念佛を申す人は、三垢つまり貪欲・瞋恚・愚痴の三毒の煩悩が消滅し、善い行いをせずにはおれなくなるということです。
もっと申し上げれば、お念佛を申さなければ、私たちはどんな悪いことを思うやもしれません。どんな悪いことを言うかもしれません。どんな悪いことをするかもしれない、それが凡夫の正体なんです。
そんな救われようのない凡夫なればこそ佛は救うてくださるのです。救うてやるぞと誓ってくださっているのです。
すなわち、お念佛を称える人は、阿弥陀佛の功徳の全てを受け取る事ができるのです。この功徳を頂戴し、この世を生き生かさせて頂いている喜びを感じる事ができるのです。
佛の救いを信じて、ただ一向に念佛すべしです。
どんなに辛い悲しい事に出会ったとしても、難儀もお陰と噛み締めて、お念佛の中に、今を力強く生き生かさせていただきましょう。
平生のお念佛が大事ですね。
2025年12月1日
二橋 信玄 (大原山西福寺 第51世)
※【今月の言葉】の表題を【今月の説法獅子吼(せっぽう ししく)】に変更しました。
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2021年(令和3年)10月より、毎月1日に掲載しています。
「 大永(だいえい)の御忌(ぎょき)鳳(ほう)詔(しょう)下賜(かし)五百年)」
「罪は十悪五逆の者も、生ると信じて、 小罪をも、犯さじと思うべし 」






