
法然上人 一刀十念御自作座像(西福寺御影堂御本尊)
【令和6年6月】
「カラスの親孝行」
「カラスに反哺の孝あり」という言葉があります。反哺というのは口で餌を吐き与えることです。カラスに限らず鳥はほとんどそうですが、巣に帰ると、雛が口を開けてピヨピヨと口を開けて待っています。親のカラスは一生懸命餌をとって来て吐き与える。
何があっても育てねばならない、親鳥が大事な我が子を守り育てている姿です。その雛もやがて大きくなり、親より大きくなり、やがて巣立ってゆきますが、しかし育てた親鳥もいつか歳をとって弱ってきます。育てられたカラスは、年老いて弱った親のカラスに口で餌を与えて食べさせるのです。チャンと親孝行しています。誰に教わった訳ではないのに、えらいものです。
親孝行をせねばならいことを一番知っているはずの人間さまが、何にも出来ていないと思いませんか?
以前ある雑誌に、「親孝行したくないのに、親がいる」などと書いているのを見かけました。なんと情けない。困ったものです。大いに反省しなくてはなりません。カラスに「おかげさまの心を」教えられているんです。
「七つの子」の唄に
烏 なぜ啼くの 烏は山に 可愛い七つの
子があるからよ 可愛可愛と 烏は啼くの
可愛可愛と 啼くんだよ
山の古巣へ 行つて見て御覧
丸い眼をした いい子だよ
カラスの鳴き声は「可愛い、可愛い」と鳴いているようにも聞こえます。ピヨピヨと親呼ぶ声に、「大事な大事な我が子よ、待ってて頂戴ね」と応える親の声です。
「七つの子」の唄は野口雨情(1882~1945)の作詞です。この方はたくさんの詩を残されています。そしてほとんどが、宗教的意味合いの深い詩で、特にこの詩は、佛の大慈悲を歌いこんでおられると思います。雛が親のカラスを無心に呼んでいる。その声に応えるカラスの親が子を思う心情です。
阿弥陀佛は、まさにこの母鳥が我が子可愛いと思うが如く、「すべての人が、大事な大事な我が子」と何時も見守り慈しみ、私たちのことを思って守り育てて下さっているのです。このことを「七つの子」は教えて下さっています。
親が子を思う心です。阿弥陀さまの大いなる親心お慈悲のもと、生き生かされている生命なのです。
しかし、愚かな私たちは、なかなかそのことに気づく事ができません。なぜできないのでしょうか。貪り・腹立ち・愚痴の三毒の煩悩に振り回され、情けないかな自分中心でしか物を考えることしかできない「俺が、俺が」の「我」が強い生き者ですから「お陰さまにより育てられている」という意識が無いのです。これが私たち迷いの凡夫なんです。
阿弥陀さまは、そんな凡夫の為に、そんな凡夫なればこそ、救うてやると慈悲の手を差し伸べて下さっているのです。
法然上人は「ただ佛の救いをひたすら信じて、口に南無阿弥陀佛と唱えよと」お示しくださったのです。
素直に、おかげさまを喜んでお念佛を唱える事の出来る人は親孝行なんです。
2024年6月1日
二橋 信玄 (大原山西福寺 第51世)