【今月の説法獅子吼 (せっぽう ししく)】 毎月 更新


 令和8年3

お念佛の十徳 その5 念佛者は腹たてず。

 


 お念佛を称える人は、十の功徳を頂戴し、この世を生き生かさせて頂いている喜びを感じる事ができます。
(十徳とはホームページ「説法獅子吼 令和7年10月号」参照)


 私達が生死の迷いの世界を離れられず、悩み苦しみの中に沈んでいるのは、貪欲(とんよく・むさぼり)、瞋恚(しんに・いかり)、愚痴(ぐち・おろかさ)の三毒煩悩の絆を断ち切れないからです。

 お念佛を称える人は、腹をたてることなく平和に暮らすことができるのです。
腹立ちの根源は、煩悩に振り回されている迷いの凡夫の正体。「瞋恚(しんに・いかり)」の心です。
 瞋恚とは、腹立ち・怒り・憎しみ・嫌悪のこころです。これは自分の思い通りにならないことに対する反感であり、人間の苦しみの原因となる最も代表的な煩悩「三毒煩悩(貪瞋痴)」のひとつです。怒りの感情が相手を傷つけるだけでなく、自らを苦しめ、正しい判断力を失わせる要因です。
  
 『瞋恚(怒り腹立ち)』が起こる原因は4つ有ると云われます。
 ① 他人から無礼な言動を受けた時。
 ② 自分の思うようにならない時。
 ③ 思わぬ不幸や災難に遇った時。
 ④ 努力が認められずに報われない時。
 他にも有りましょうが、火種を持たない人は誰も居ません。
 『腹立てば 鏡を出して 顏を見よ 鬼の姿が タダで見られる』実に情けない私達です。
 しかし、お念佛を申す人は、考え方が違ってきます。なぜこんなことで腹をたていたのかと反省できるようになるんです。


 ① 人からバカにされた時でも、果たして自分に尊敬を受ける価値が有るかどうか、自分を過大評価していないか反省する事が出来ます。
 ② 他人が思うようにしてくれない時でも、本当は自分の不徳の致すところが多いのに気づかせていただけます。
 ③ 世の中は全て回り持ち、栄枯盛衰は世の常と思い、禍を転じて福となせば良いのです。
 ④ 人を相手にするから腹が立つ。全て知恩報恩行と思い徳を積まさせて頂いているのです。

 こんな詩が有ります。『腹が立ったら念佛申せ 腹がたったら相手を代えて弥陀を相手にするがよい 弥陀を相手にするよな人は 喧嘩するよな事がない 腹がたったら念佛申せ 同じブツでも阿弥陀ブツブツ』 お念佛を申すと、何と情けない自分であるかと反省することができます。

 法然上人は瞋恚の激しい人でも、阿弥陀佛の『歓喜光』に照らされると、瞋恚の罪が滅して、忍辱(にんにく・堪え忍ぶ心)の人と同じようになり、心に安らぎと真実の喜びもたらす。と説かれています。
 怒ったら負け。念佛者は『歓喜光』に照らされて忍辱の心が必ず生ずるのです。
 好くお念佛を申される方が、私はかんしゃく持ちで、つい腹を立て、人を傷つけていることを何とか治したいと申され、「かんしゃくの苦の字を取って感謝感謝で暮らしたい。」と申されました。
 お念佛する人が勝ち。肝心なことは、腹が立った時にお念佛が出るかどうかです。
 すなわち、お念佛を称える人は、阿弥陀佛の功徳の全てを受け取る事ができるのです。この功徳を頂戴し、この世を生き生かさせて頂いている喜びを感じる事ができるのです。
 佛の救いを信じて、『ただ一向に念佛すべし』です。
 お念佛の中に、今を力強く生き生かさせていただきましょう。

 

令和8年3月1日 

二橋 信玄 (大原山西福寺 第51世)